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yumiriya’s diary

今の自分が感じたり考えてることを綴っていこう

熱い火の中で

こんにちは😊



昨日は仕事三昧のなか、最後の研修会ではとても為になる内容を勉強できました。

その研修会の合間に過去の思い出と重なったことについて書きたいと思います。



この先を読んで、少し気持ちが重くなる、気持ち悪く感じる事があるかもしれません。

少しでも感じられた場合は、読み進めるのを止めてください…






昨日の研修会では、子ども達を取り巻く我々職員の関わり方と、我々からみた子ども達、保護者のバックグラウンドについての関係性について確信のついた部分から現場に活かしていく方法について、責任者の立場から考える研修でした。




そういう内容を事例とともに考えて行くなかで、私は学生時代に行政からきた泊まり込みのアルバイトで出会った一人の少女との時間を思い出しました。




その施設は、情緒に障害がある、もしくは現状の生活の中で今後情緒に支障を来しかねないと判断された子ども達が穏やかな心と生活を取り戻すために設立された場所です。
児童相談所も大きく関わってくる場所です。




そんな深い理由など知らずに私はその敷居を一歩跨ぎました。




「新しいお姉ちゃん先生がきたよー!」


と、無邪気な沢山の笑顔が私を向かえ入れてくれました。



先ずは子ども達と遊ぶ事が子ども達の気持ちに寄り添うのに一番大切だと思っているので、とにかく遊びました。




子ども達と笑って笑って、時間がくると一緒に洗濯物を取り込んで、畳んで、また大笑いして…




この子達の情緒のどの部分に「闇」があるのだろう…?


とその時は思っていました。


しかし、ある時間を境にそんな愚問とも取れる疑問符は消えました。




「先生、お風呂の時間やらかいこー!」

と明るくお風呂へ行く子どもとは別に、一人の女の子だけはとても嫌そうでした。



「○○ちゃん、準備できた?みんな行ったから、はよう行こうね。」(私)



「うるさい!まだだ!まだ風呂にはいかん。あいつらが出たらいく!」



「え?なんで?」



私はさっきまで楽しく遊んでいた友達となぜお風呂に一緒に入りたがらないのか、分かりませんでした。 


しかも、女の子の声のトーンは低く、まるで何かを恨んでいるかのようなほどに、彼女から「憎悪」を感じたのを今でも覚えています。



結局、全員がお風呂から出た後にその女の子はお風呂場に足を運びました。



一人で入らせる訳にはいかないので、私はその子を見守りにお風呂場へいきました。



そこで私は自分の目の前の光景に茫然と…

心臓が突然大きな音をたて脈打ち、心がもぎ取られそうな苦しさに覆い被されました。



女の子の体は皮膚のひきつりとケロイド状態の跡…


確かに顔にも酷い火傷の跡はありましたが、まさか全身もあるとは思ってもいませんでした。



私は思わず、


「これ…」



と声を漏らしてしまいました。




女の子は服を脱ぎながら、私の目を反らすことなく言いました。




「お母さんに焚き火の中に放り込まれた。熱くて逃げようとしても、また火の中へ突き飛ばされて、突き飛ばされて…」



女の子は涙一つ流しません。
むしろ、感情を失ったかのような表情でした。



一方で私は…
想像すら出来ないような内容を聞かされ、何も考えられず、動く事すら出来ませんでした。




「先生、お風呂入ってくる!」

とにっこり笑って、女の子はお風呂に入っていきました。



それから子ども達が就寝するまでの間の事を私はよく覚えていません。

私の中で、そんな「非現実的」とも取れるようなことが世の中にはあり、その残酷な中から自力で逃げる事が出来ない…



私は真実を確認すべく、女の子の担当の先生に事情を尋ねました。


彼女が言っていた通り、お母さんに火の中へ放り込まれたそうです。

理由は、子どもが言うことを聞かない、生活するなかで、彼女が邪魔な存在になったから、と先生は教えてくれました。



世の中には我が子と一緒に暮らしたくても暮らせない事情の人だっているのに…



最終的にその女の子は児童相談所の関与もあり、その短期施設を出た後に養護施設で過ごすことになりました。



女の子が施設を去るお別れ会のとき、私は涙を堪えることが出来ませんでした。
彼女の心の「闇」はいつか晴れる時がくるのだろうか?



成長とともに前を向いて歩こうとしても、洋服を着替える度に過去に引きずられそうになるのでないか…



学生の私が出来る事は、女の子の幸せをただただ祈るだけでした。






子どもは小さいです。
義務教育を広義の意味で「子ども」というカテゴリーにするならば、「心」は大人より傷つき、迷い、時に衝動的になってしまいます。


今回の研修で私は、
子ども達が穏やかな時間を安心て過ごし、恐いを思いをすることなく、「幸せ」な時間を過ごせるように今の私達が出来ることをかんがえさせられました。




少なくとも、現場の職員に今後指導していく、上でとても大切な事を学ことができたように思います。


そして、職員達にも勉強会を通して「子ども達の幸せ」についてともに考えて行きたいです。



あの施設で出会った女の子は、多分32歳になっているはずです。


彼女が幸せであることを改めて願いました。





人それぞれ幸せの「形」は違いますが、恐い
思いや、苦しい思い、痛いことに合わない生活の保障がされるといいなと思っています。









本日もお読み頂きまして、ありがとうございました。