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yumiriya’s diary

今の自分が感じたり考えてることを綴っていこう

命をかけた航海

こんにちは😊


今日はつい先日久しぶりに電話で話すことが出来た、叔父から学んだ事を書いてみます。


私の叔父は数年前に現役を退きましたが何十年もの間、我々の日常生活に欠かせない物を作るための原材料を命をかけて取りに行っていました。


それは


「原油」


です。
叔父はその石油タンカーの船長であり、日本でも数少ない機関長でもありました。


ここ十数年はインドネシアの方へ行っていましたが、その前はアラブ諸国イラクサウジアラビアへ行っていました。


約8ヶ月間かけて、大海原を航海していました。
給油の為に時折寄港する以外は船内ですごします。タンカーはとても大きいので、甲板の移動は自転車です。
寄港も常にする訳ではないので、船内の故障は複雑な電気系統も自分達で直さなくてはなりません。

叔父が日本に帰ってきたら、家庭の電化製品は叔父が殆ど修理していました(笑)    


湾岸戦争の時はインドネシアに行先が変更になりましたが、親戚中で心配していました。


あるとき叔父が満面の笑みでお土産を持ってきてくれました。


「○○、このお土産は最高だ!」
と言ってウイスキーの瓶を私に渡しました。


「ん?えー?」


それは…「○○」でした。


○○はアスファルトを含んでいるので、黒くてドロドロしています。

そして、匂いは…

ガソリンの香りがあるものの、あの道路を鋪装するときの匂いもプラスされ、何ともいえません。

私は寄港した先の外国のお土産を想像していたので、なんでこんなものを持ってきたのか?半ば怒った感じで尋ねました。


叔父はとても真面目な表情になり、ゆっくりと話し出しました。


「○○、お前は身の回りにあるものが何からできているか知っているか?私が取りに行っている原油は現在の人々の暮らしにとても密着しているんだよ。今着ているブラウスやプラスチック製品、洗剤などもそうなんだよ。」

 
ガソリンのイメージが強かった為に、身の回りの物は高校生の私にとって驚きでした。


その時ふと、
「もし、原油を取りに行く人が誰もいなくなったら?私達の暮らしはどうなるんだろう?
と考え、叔父に尋ねました。


「少なくとも今の便利な暮らしは遠退くだろうね。」


高校生ながらに、それは困る❗とっさに思いました。


なぜ叔父はこの道を選んだのか?
それは話すと長くなるのでいずれまた…



初めは○○なんて!と思いましたが、叔父と話をしていくうちに、素晴らしいお土産だと、思うようになりました。


とても匂いが強いので、更に密封して私の宝物にしました。



叔父が出航する度に世界情勢が気になり、いつも戦争が起きないことを願っていました。


原油が海に漏れてしまって汚染事故、船同士の衝突。現代にもいる、海賊。


仕事とはいえ、叔父は私達の暮らしが円滑になるために命がけで航海に出ていたんですね。


叔父は定年退職する数年前に陸上勤務になりました。
そして、石油会社のタンカー部門の取締役として第一線を退きました。


「大変だったけど、素晴らしい仕事だった。自分の仕事が誰かの役に立てていると実感できる仕事だった」

と話していたのが印象的でした。


あのお土産をもらってから、もっと身の回りのものを大切にするようになりました。



私達の暮らしは当たり前のように存在していますが、いろいろな事に感謝していきたいですね✨



アクティブな叔父は現在フリーで、大型船の買い付けやコンサルティング業を楽しんでいます。


この間の電話では、

「○○、10億円の船を6億円で買えた!」

と喜んで話していましたが…


アメ横の値切りじゃないんだから…」
と、苦笑いしてしまいました。






本日もお読み頂きまして、ありがとうございました😊🍀